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夢は砂の山のように

数日前にムスコと砂場で遊んだ話をしたけれども、

そのときの映像が脳裏に焼き付いて頭から離れない。


なんでかというと、

砂場遊びは僕の原点みたいなところがあって、

自分の今後の人生の展開を考える上で

礎となりそうだからだ。


来る日も来る日も

「砂場の山を高くするにはどうすればいいか」

を考えていたあの頃。


雨の日に庭先の砂場で遊ぼうとして、

親に叱られたことを思い出した。

何かに取り付かれると、

自分でも制御できない集中力が沸いてくるのは

今も昔もちっとも変わってない(ような気がする)。


あるとき、

今まで見たこともないくらい綺麗に高い山ができた。

その日はもったいないから崩すを止めて、

近くで眺めたり、遠くから眺めたり、角度を変えて眺めたり、

親を連れてきて自慢げな顔をして見せたりしたもんである。


だけれども、その瞬間から

「高い山を作るぞ!」という未来を放棄して

「高い山を作りました」という過去の栄光へ

と気持ちが変わってしまうのである。


満足というのは欲求の消しゴムみたいなもんなのである。


その山を崩さない限りは、さらに高い山は作れないのである。

しかし、崩したからといって、

さらに高い山を作れるかどうかなんて

やってみないことにはわからない。

向上心をいつも持って、高い山を作り続けるいうのは

それまでの高い山を崩すというリスクが伴う選択。


その後、

あまりにも「高い山、高い山・・・」と僕が言うもんだから、

親父が協力し始めて、

「いい砂があるところを知っているから取りに行こう!」

と、確か八王子の山の方まで車を飛ばして、バケツにいっぱい

砂を持ち帰ってきたのである。


しかし、親父のすごいところは、砂は僕に提供しても

決して山を作ることに関しては全く手伝わずに遠くらから

見ていたところなんだな、と最近気がついた。


「高い山を作る!」という僕の情熱が、親父の心を

多少なりとも動かしたのだと思う。


そういう過去の経験が今の僕に語りかけてくれた。


どうも僕の行き方のルーツは

砂場の山を崩しては積み上げるという

限りのない欲求の上に成り立っているようである。


そろそろ、今の山を崩す時期。

情熱を持って、高い山を作るように、

良い研究をして生きて行きたいものだ。


人間は時として、

過去の自分に教えられることがある気がする。

★<やっぱり自分に嘘をついて生きるのは嫌だなぁ>_/_/_/_/_/_/

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